2016年11月18日金曜日

(86) 不思議な事(易学、暦)

2012/3/9(金)加筆・修正
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以前から不思議に思ってたんだが、
日本では、まだ暦が重要な役割を示している。
 
結婚式は、なんとなく仏滅に執り行うのは嫌だ。できれば大安がいい。
葬式は、なんとなく友引に執り行いたくない。
6曜(先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口のサイクル)は、1週間(7曜日)とずれている。
 
今年は「辰年」。初詣に行く時、辰の置き物(?)を買いたくなるし、破魔矢の飾りには辰の絵が書いてある。
還暦(60歳)は、12支(干支)と5行(木火土金水)の最小公倍数。
家を建てる時には風水(方位):台所はどっちの方位がいい、どっちの方位はダメとか。
 
月の数も12カ月。
何故12なんだ?
10進数なのは、両手の指を足すと10。
でも、そもそも、12が重要な数なら、最初に数字を発明した人、
10進数じゃなくて、12進数でも良かったはず。
 
12は2, 3, 4の最小公倍数。使いやすいから暦関係には12という数字が溢れているんだろうか?
1日24時間、12時間それぞれが、午前&午後。
60分、60秒の「60」は、2,3,4,5の最小公倍数。
還暦の60とも一致。
 
どうぶつ占いや六星占術、
「占いは統計」と言われると、
「うーん、そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」
としか返答できないような気がする。
 
でも、以前から、ご先祖様からずっと続いているこの「暦」や「占術」
最初に作った人が、何を考えて作り、
また、どういう事を考えて進化させて来たのか、好奇心を引き寄せられていた。
 
方位(視覚情報);視覚は、「時間を止める」
 ⇒ 写真は時間を止める
時間(聴覚情報);聴覚は、「時間が流れる中で機能する」
 ⇒「瞬間の音」というのは存在しない。
   ドップラー効果で明らかなように、音の高低(人間の聴覚)は、時間軸と不可分
暦学、方位学は、視覚情報と聴覚情報の行ったり来たりをイメージさせる。
 
養老さんの仮説 : 「言語は、視覚処理部位と聴覚処理部位を脳の中で無理やり接続した時に発生した」
アインシュタイン : 相対性理論(観察者により現象は異なる?)
 
人間がまだ、パソコンはおろか、文字記録が技術的に不可能、口語言語すらおぼつかかったであろう時代に、
きっと当時の相当頭がいい人が作ったであろう、暦、占術、研究するといろいろ勉強になりそうだ。
 
紀元前の昔から、「人間の脳」は変わっていないであろう。
仮に、今生まれた赤ん坊が2000年前にタイムスリップしても当時の時代を生きただろうし、
逆に、2000年前に生まれた赤ん坊が現代にタイムスリップしたら、普通に現代人になるだろう。
 
人間は、先人が残した知恵、文明を後世に引き継ぎ続けないと、文明は進歩しない。
大正生まれのお年寄りは、知識を若い人に受け継ぎ、
団塊生まれは団塊ジュニアに受け継ぎ、
団塊ジュニアの俺たちは、団塊ジュニアジュニアの俺の子供の世代に知識を受け継いでいく。
そういうもんだろうし、多分、そうでなければならない。
 
「漢字仮名交じり文は日本の宝」なので、
日本人は、読み書きを続け、不毛な感情的な衝突をなるべく起こさず、
知識を深め、高めあい、引き継いでいけば、世界で最も幸せな国民になれる
ポテンシャルを秘めている。
ここ10~20年のITの進化、それは、日本語の効率を極端に高めている。
問題は、脳の方が、そのスピード、処理能力に追いつけるかどうかだろう。
 
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「友引」に関しては、どうやら、
「友を引き連れるから縁起が悪い」というのは、完全な迷信から来ているらしい。
しかし、
【全国の火葬場も多くは友引の日がお休みになっており、また葬儀社も友引にお休みしているところが少なくありません。 その結果、友引明けの日の火葬場は普段よりもとても混みあいます。】
という現象も起こっているようだから、現代では、
「友引」は、葬儀屋さん、火葬場の関係者の方にとっての「日曜日」みたいな役割
になっているのかもしれない。
葬儀屋さんも、火葬場の関係者の人も年中無休では体が持たず、
家族がいて、休みは必要だろうから、「友引」にお通夜は行っても、
葬式は行わない(お通夜の日は、火葬場で遺体を燃やさない。本葬が終わってからだ)
というのは今後も続くんだろうか。
だが、「友引に葬式は行わない」と言う事、それ自体に合理的な根拠はなく、
最大の理由は、葬儀屋さん、火葬場の関係者の方の労働サイクル確保と考える。
現在は、我々は1週間7日のサイクルで、仕事モードと、家族・週末モードを繰り返して、
人生を送る仕組みになっているが、土日が休みという7曜日制(?)が定着する前の時代は、
6曜制だったのだろうか?
そう言われてみると、江戸時代(暴れん坊将軍、水戸黄門等)の時代劇で、
「今日は金曜日だ。明日からの土日、家族と一緒に江戸観光でもするか!!」
みたいな台詞を、町人の人が喋ってるのを見た事がない。
江戸時代は、どうやって仕事と遊びのサイクルを確保していたんだろう・・・
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7曜日制が導入され、現在のように曜日を基準にして日常生活が行われるようになったのは、
明治時代初頭のグレゴリオ暦導入以降らしい。
7曜日制は西洋由来か?
陰陽師 阿部晴明を開祖とした、阿部氏(土御門家)の時代は、
もしかすると6曜が中心だったんだろうか?
太陰暦であっても、週のサイクルは、人間必要だったんじゃないかなあ・・・
大安は日曜日的なニュアンスを感じる。
 
(90)に続く・・・

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