2016年11月24日木曜日

(231) 桂三枝さん

現在連載中の、日経朝刊「私の履歴書」、桂三枝さん。
 
友達の方から、「落語」を勧められたのだが、なかなか見に行く機会がなく、
その代わりと言っては何だが、「落語を見る」つもりで、桂三枝さんのこの連載を読んでいる。
 
今日(5/24)の記事は、強烈に私の心に刺さった。
以下、抜粋。
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【東京との距離】
「東京に拠点を移さないんですか」多忙ぶりをご心配いただき、よくこう聞かれる。
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東京暮らしの方が楽になるだろうし、実際、そうした関西出身のお笑い芸能人も数多い。
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上方(畿内一円)文化圏の情緒や人情を語る人間が、大阪を離れたとあってはシャレにならない。
大阪に踏みとどまるのは「東京なにするものぞ」という対抗心から、という理由ももちろんある。
だがむしろ、東京一極集中のオーバーヒートに冷水を浴びせるだけの距離と余裕を保ちたい、というのが本心だ。
大阪人気質のなかに脈打つ、権威・権力を笑い飛ばすDNAこそ、その任に最適なのではないか
 
そんな思いから1986年に書いた創作落語が「大阪レジスタンス」だ。
 
舞台は近未来。全国がミニ東京化していくなかで、ひとり大阪だけが順応を拒んでいる。手を焼いた政府は大阪弁を禁じるのだが、これに対して立ち上がったのが、商店街で布団屋を営む淀川。大阪の一商人にすぎないおっさんが、抵抗運動を繰り広げる。おっさん・淀川は捕まって処刑されるが、法律でついに大阪は独立。新聞や放送は大阪弁になり、街はできるかぎり個性的にごちゃごちゃにすべしという法律が制定される。
 
処刑される淀川は最期に叫ぶ。「大阪好きやねん」
 
ひとり大阪だけの話ではない。仕事柄、全国を回る機会に恵まれている。そのたびに地方の個性、地方の活力というものがやせ衰えているように見える。駅前の風景が、どこへ行っても金太郎あめのように均一化しているのだ。チェーン展開するファミリーレストランや携帯電話店、パチンコ店-----。
 
日本中の町や村が個性を失い、ことばや文化までもが失われようとしている。まるで地方を管理しやすいように、誰かが郷土色を一掃しようと画策しているかのようだ。在阪放送局制作のテレビ番組が減っているのも気になっていた。そんな状況への批判と、このままでいいのかというメッセージを、「大阪レジスタンス」にこめたつもりだ。
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非常に驚いた。
多分、私が以下の(223)の記事に書いた、何ともいえない危機感と似たような事を、
三枝師匠は既に1986年の時点で「大阪レジスタンス」という創作落語に表現されていた。
 
大阪レジスタンス(あらすじ)
 
うおー、この話、めっちゃええ話やんけ!
実は私、小学校時代を兵庫県西宮市、中高時代を大阪府で育っている。
でも、転勤族の両親が元は静岡人だったので、大阪のお笑いにどうしてもついていけず、
小中時代は、軽くいじめられていた記憶がある。
 
でも、今度高校の同窓会の幹事をやるんだが、
その準備で友達と関西弁を思い出しながら喋っているうちに、
何故か俺の中に、「おもろくせなアカン」みたいな、変な義務感が蘇って来た。
 
考えてみれば、こういう「なんでも笑いにする」みたいなカルチャー、
俺の知る限り、世界中を見回しても皆無かもしれん。
 
東京のお笑いですら、ヨーロッパ人には「Too much」(やり過ぎ)と捉えられ、
結構、日本のお笑いは、海外の人から見ると「芸人いじめ」と受け取られがち。
 
もしかすると、「大阪人魂」に日本復活の鍵が隠されているかもしれない・・・
 
いや、これ、本当にもしかすると、もしかするぞ!!

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