2016年11月24日木曜日

(227) 世代間の考え方の違い

(225) 瀬戸内寂聴さんの言葉の続き。
 
なんとなくなんだが、俺自身が凄く惹かれる言葉を発せられる方が、
今の俺達の祖父母世代に偏っているのは何故なんだろうと、疑問に思っていた。
(養老先生、寂聴さん、俺自身のじいちゃん、ばあちゃん等。蜷川幸雄さんも?)
 
ふと、仮説を思いついた。
 
俺は、間違いなく、一番影響を受けているのは俺の両親だ。
オヤジは現在71歳、お袋は現在65歳。
 
37歳になって、子供を持ってしみじみと思うが、
オヤジを超えたいと昔思って、
オヤジが内心勧めたかったであろう道(医者)は、
中高時代、絶対に嫌だと無意識のうちに反抗して、工学部に進んだ。
でも、いつの間にか、結婚した家庭は、俺の両親の家庭、つまり、俺自身が育った家庭を目指している。
専業主婦、サラリーマン、夫婦の関係、親子の関係。
気付いたら、オヤジとお袋の真似を、俺はしている。
 
無意識に、
『オヤジを超えたい』
『同じ道、近い道じゃ絶対に超えられないから、違う道を選ぶ』
みたいな感じで反抗してたんだろうけど、
自分自身を育ててくれた家庭環境に関しては、少なくとも俺が両親にしてもらった事は
自分の息子達にしてやりたいと思うから、自然にそうなってるんだと思う。
 
でも、オヤジやお袋の世代の人が言っている言葉は、どうも、
俺の祖父母世代の人に比べて、俺に対して鳥肌が立つような衝撃を与えてくれる事が少ない気がする。
 
多分、子供って、親を良く見ているから、
「親が足りないと思っている」或いは「親が潜在的に不満に思っている部分」
を、自分の世代で何とかしてやろうと思うんじゃないだろうか。
 
だから、戦争を体験し、女性蔑視、個人を犠牲にした祖父母世代を見て育った、
俺の両親世代(団塊の世代周辺)は、その反動で、個人の自由を求める傾向が(多分今も)強い。
 
俺の場合は、その反動が起こるから、結果として祖父母の考え方に回帰しようとする。
だから、両親世代の考え方に違和感を感じる一方で、祖父母の考え方に共感を感じやすい。
俺自身が、「サザエさん」に象徴されるような、昭和的な価値観への回帰を強く求めているのは、
多分このためじゃないか。
 
そう考えると、説明がつく気がする。
 
この流れを見ると、やはり、親から子に考え方を受け継ぐ時、
子は、親の考え方の矛盾、無理している部分を表に出す事で、
世代が変わるに連れて、より良い方向に進めようとする、そういう、
極めて良くできた人間の世代交代の仕組みを感じてしまう。
 
「神様がそういう脳を作った」と考えても、否定はできないと思うが、
「脳が進化の過程でそうなった」と考えても、納得性があるような気がする。
 
勿論、世代は連続しているから、
俺の10歳くらい年上のバブル世代の人達がどうか、
俺の10歳くらい年下の、現在20代の人達がどうか、とかは考慮に入れていない。
 
親子はだいたい30歳くらい離れているので、
大正生まれのバアチャン世代・団塊・団塊ジュニア・俺の息子達、という、
俺の家族が関与する、約30年周期以外の、世代傾向とかもあるかもしれない。
 
でも、考え方が、ある方向から反対方向に振れ、
それの揺り戻しが起こって、またさらにその揺り戻しが起こって、でも振幅は小さくなり・・・
というのを繰り返して、人間トータルとしてみれば、画一化方向に進んでいく、
というのは、納得性がある気がする。
 
紀元後だけ考えても、人類の歴史の2000年の中で、
ここまでITによる情報化が進み、生きている間の人間の脳の学習スピードが速い時代は初めてだろう。
 
その思考の振幅による、画一化のスピードが極端に早まっている事が、
もしかすると今のIT時代の特徴かもしれない。

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