2016年11月24日木曜日

(225) 瀬戸内寂聴さんの言葉

2013/9/8 日経のリンク再変更
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さすが瀬戸内寂聴さん。言葉が心に染みわたる。
そう言えば、俺が尊敬する養老先生も、俺のばあちゃんも、瀬戸内寂聴さんも、皆、
同じような世代(俺達の祖父母の世代)だなあ。

ある方向に行き過ぎると、その反省から、
逆の方向に大きく振れ過ぎる事って、結構あると思う。

私達(日本人の氷河期世代?)の義務って、私達の上の世代の人達が、戦争で極端な方向に進んでしまった後、それを反対方向になるよう努力され、そこから振り過ぎてしまったものを、一旦元に戻す方向になるよう、努力する事じゃないか、と個人的に考えている。「日本人にとっての戦争」が余りにも悲惨であったが故に、「その反動」が凄すぎるんじゃないか、と感じている。

それでまた、さらに逆の方向に振れ過ぎてしまったら、今度は、私達の次の世代が、またさらにその逆方向にすればいい。

「多様性」を、お互いにルールを守った、平和な環境下で、「健全に」、でも「激しく」ぶつけ合いながら、それを繰り返して、「画一化」の方向に進めようとする事が私達現役世代の責務だと思う。

「空気を読んで」「世間を気にし過ぎて」自分自身の多様性を隠し、あたかも「画一化」しているように皆で演じるのは、ちょっと違うんじゃないかと思う。それじゃ、「画一化」じゃなくて、「多様」なまま、歪みをどこかに不満・本音としてぶつけ続けるだけで、そこから先に進めないと思う。
 
養老先生もおっしゃっていたが、「多様さ」は私達一人一人の「体」にある。誰一人として、同じ人間は存在しない。例え一卵性双生児であっても、育つ環境が、わずかに変わった瞬間から、その二人の脳は別の変化を始めるはずだ。だから、「自分らしさ」なんて、そもそも探す必要はないのかもしれない。そもそも多様さは自分の体・脳に備わっているんだから、自分の体、心が求める方向に真摯に、愚直に進み続ける事で、自然に「自分らしさ、多様さ」は得られるんじゃないかと思う。

「90年間で最悪」とおっしゃる、寂聴さんの世代の厳しい指摘に対して、
私達日本人の現役世代が反省して、でも、前を向いてしっかり毎日を生きて、誇りを持って歩いていく事、それが私達の子供達、孫達の世代への責任だと思う。そうしないと、寂聴さんがおっしゃる「90年間で最悪」という状態は一向に変わらないと思う。

このYahooブログは、ある意味で、「実名でタテマエだけの既存メディア(テレビ・新聞)」と、「匿名の本音だけのネットの世界」の丁度中間にある気がする。私のように、「コテハン」であるmichitenjiにこだわり続ければ、「匿名」なんだけれども、その「名前」が少しずつであっても、「実名」の方に近付いていくはずだ。
 
そうすれば、
「(実名に近づいていく)匿名の37歳のごく普通の日本人の本音を書いたブログ」
「その意見に共感したり、意見を述べて下さる人達とコメントのやり取り、議論もできる場所」
として、たとえささやかであっても、日本のために何かできるはずだ、と信じている。
 
私は、この匿名のyahooブログに、大きな可能性を感じている。

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