2016年11月24日木曜日

(223) 愚直、真摯、矜持

2012/12/11加筆
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(218) 運鈍根の続き。
 
この記事で、俺自身、「愚直」でありたいと書いた。
ふと、似たような言葉、最近良く見るな、と感じた。
 
真摯(Integrity) : 「もしドラ」で、この言葉が注目されたらしい。
元はピーター・ドラッカーさんの「Integrity」の訳語のようだ。
 
矜持(きょうじ) : 島田紳助さんがこの言葉を使っていた気がする。また、他の本でも目にした気がする。
 
この3つ、同じ事を言っているような気がする。
 
 
超マクロで見ると、画一化方向に進んでいる現代、
 
アメリカは日本化して、1% vs 99%の対立が深刻化している。
日本はアメリカ化して、個人と世間の間で日本人皆がIdentityの危機に瀕している。
日本の地方は、東京化、標準語化し、駅から見る街並みが皆同じに近づき(チェーン店居酒屋、パチンコ屋など)
どの地方に行っても、ドラッグストアや、大規模小売店があり、
週末で家族で楽しむ場所として、いろんな所に(アメリカを真似した?)アウトレットモールができている。
 
和式トイレは洋式トイレになり、
男性は女性化、女性は男性化、
年寄りは若者化、若者は年寄化、
おとなはこども化、こどもはおとな化している。
 
多分、テレビ、パソコン、スマホ、Facebookなどなど、
ITの進化はその画一化をさらに加速させ続けている。
 
そうなった時、人間って、
「何か大切な事を忘れてないか?」って事に、気付くんだろうと思う。
というか、多分、もう気付いている。
 
画一化すると、「個人」「エゴ」みたいなものは楽になったと錯覚する。
「あ~、自由っていいなあ」
「平和っていいなあ~」
みたいな感じで。
 
でも、それって、多分、人間としてはある意味「ダメ人間」に近付いていると思う。
 
だから、俺自身は「愚直」でありたいと強く感じているし、
「もしドラ」が売れて、「真摯」という言葉に多くの人が何かを感じ、
「矜持」という難しい言葉が、光を浴び始めたりしているんじゃないだろうか。
 
私が幸せでありますように
私の親しい人が幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
 
こう思い続け、時々空気を読むけれども、
自分で今、行動する道が見えた時には、空気なんて読まず、積極的に行動して、
俺は、自分の道を愚直に進み続けたい。
 
それが多分、俺の両親、祖父母のおかげで、この世に生を受けた、俺の「矜持」だと思う。
 
俺自身は、たとえどんな事があろうとも、これから死ぬまでずっと、幸せであり続ける。

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