俺自身、オッサンになったなあ、とシミジミ思うのが、明らかに将来大人物になるであろう、若者を知った時の喜びと若さへのenvy(羨ましいと思う気持ち)を感じた時。
ダルビッシュ有、これからもメジャーで大活躍して欲しい。
「なぜ僕はイラン人なの?」と悩んだ幼少期
ダルビッシュの左投げ
彼が、右でも左でも投げるのを昔からやっていた理由は、多分、「左右の筋肉のバランスを取る」ためだけじゃないと思う。おそらく、本能的に、「脳を鍛えるには、右だけじゃなく左もやった方が良い」と気付いている。
人間の「右脳」が感情で、「左脳」が理性という通説は昔からあった。本当の所がどうなのかは解らないが、人間の脳が左脳と右脳に完全に分かれているのは事実だ。その脳を鍛えるという事を考えた時、右、左投げどちらかに偏るのではなくて、両方の投げ方ができるようにする、というのは、多分理に叶っている。
ダルビッシュは、イラン人と、日本人のハーフ。多分、言葉も、日本語とイラン語(?)を多少なりとも使えるはずだ。
俺の知り合いにも似たような人を見かける事があるが、そういう特殊で、ある意味過酷な言語環境で幼少期に育つと、大人になってから、結構活躍する人が多い気がする。「やむを得ず複数の言語を使わざるを得ない」という環境に幼少期に置かれる事は、当人にとっては相当大変だろうが、そこを乗り越えると、多分普通の人には到底追いつかないような、強烈な成長をする。
「男子三日会わざれば剋目して見よ」という言葉があるが、まさに、脳の成長が短期間に強烈な速さで起こる事、特に複数言語を扱おうと必死に学ぶ時に、経験しやすい。俺自身、18歳を過ぎてからだが、少なくとも数回は、体験している。
ダルビッシュは、いろんな意味で、凄い。元奥さんのブログが大人気らしいが、世間の注目をこれだけ得るのは、ダルビッシュがハーフであり、背が高く、顔が格好いい事、女性から見ると、元奥さんに対しての嫉妬とか、いろんな思いがごちゃまぜになるから、注目度が高いと言う面もあるんだろう。
でも、彼自身が、幼少期に「何故僕はイラン人なの?」と悩みを持ち、それを昇華して、「日本人にも凄い選手がいる事をアメリカで示してやりたい」という、日本人としてのパトリオティズムを感じてくれている事に、喜びと同時に、複雑な思いを禁じ得ない。
日本人の「出る杭を打つ」という「世間」という悪い特性は、中途半端に優れた者、変わった力を持っている者に対して発揮される事が多い。「いじめ」というのがその典型だが、多分、ダルビッシュも小学生の時、そういう経験をしたんだろう。ダルビッシュは、その悔しさをバネにして、「杭として突き抜けた」。
出過ぎた杭に対しては、日本人世間は「いじめ」をピタリと止め、突然「尊敬」「すげー」という反応に変わる。例えば、水泳の北島康介、野球のイチローもそうだ。でも、多分、「杭として突き抜ける」と認知される前には、ほぼ例外なく、「いじめ」的な、日本の世間の嫌らしさを、皆経験しているはずだが。
俺が問題意識を強く感じるのは、もしかすると、「出る杭」になって活躍できた、優秀な人材の多くが、「いじめ」「出る杭は打たれる」という世間に負けてしまい、「中流」という場所に留まってしまった可能性がある事。
出る杭を打って、均一化を図ると言う事には、ある意味で集団としての格差を広げないという効果があるのかもしれない。高度経済成長期の後に一時的に達成した「一億総中流」は、この日本人の世間システムと、日本という国としての成長が奇跡的にマッチした結果じゃないかと感じている。
ところが、今の世界は、「出る杭」をたくさん作る方が、国としての競争力が高くなる気がする。それは、英語化、画一化するという世界の流れがあるからこそ、逆に、「何か特殊な事」ができない限り、付加価値が出せないからだと思う。
マニュアル化、チェーン店化、コンビニ店員化する世界に流されてしまうと、日本人も皆、グローバル化の進展によって「下流化」し続ける。中流層の没落は、今、先進国共通の悩みだ。
その中で、日本人だからこそ出せる特殊性は、俺は、「漢字仮名交じり文の日本語による、読み書き能力」しかないんじゃないかと思っている。でも、それって、一人じゃ意味がない。ガラパゴス地方方言じゃダメであって、ある程度の日本人の集団としての規模を維持し続け、その連帯感を保ち続ける事が、必要不可欠だ。
今の日本で生じている、老人の既得権、その結果としての家族間格差(金持ちの老人の子孫の家系に財産が偏る)。多分、金持ちの子供は(2代目、3代目と世襲する程)、問題児が育ってしまいやすい。子供の時からハングリー精神がないと、欲望の方向性が暴走しがち。頭を良くする方向性を間違っちゃったように見えるティッシュ王子は、親が教育に莫大な金をかけた事により、知能、経営スキルは伸ばせても、人間として大切な何かを忘れてしまう事が起こり得る事を、我々に教えてくれている気がする。
俺のブログは、若い人達、特に、金がなくても、ハングリースピリットがあって、勉強して、でっかくなってやる、みたいな野心を持った人達を助けるための、役に立って欲しい。
でも、そうは言っても、やっぱり、親が金を持っている家の子供は、圧倒的に有利だろうな・・・ま、でも、それはしょうがないかなあ・・・、俺自身、そら、息子達にはできるだけ良い教育を受けさせたいと思うもんなあ・・・という事は、俺は、結局、一般庶民の家に育った俺自身と比べて、裕福な家で育った人や、我が息子と比べて裕福な家に育つ人達に対して、本音の部分では嫉妬してしまっているのかもなあ・・・
でも、もし、日本の借金が膨大じゃないなら、これも、「仕方ない」のかもしれないけど、これだけ借金を日本国が抱えていると言う事は、何とかしないと、本当に金持ち家族の既得権への攻撃(ブルジョアとプロレタリアの対立?)が、将来起こっちゃうんじゃないかなあ・・・
ま、俺の悪い癖で、多分考え過ぎなんだろうけど。
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