2016年11月18日金曜日

(108) 卒園式、結婚式

先週金曜日(3/16)、長男(6歳)の幼稚園の卒園式だったので、有給休暇を取った。
このため、久しぶりに、ブログへの投稿も全く行わなかった。
ちなみに、祝日と土日は、家族に集中する日なので、原則、このブログに記事は投稿しない。
 
さて、その幼稚園の卒園式、素晴らしかった。
父親の俺はあまり幼稚園に貢献していないが、
幼稚園の園長先生を始め、幼稚園の先生方、裏方として支えた方々、
及び、園児の保護者(多くは母親)の貢献、頭が下がる。
卒園式、及びその後の感謝会でも、涙が絶えなかった。
俺ももらい泣きしそうになったが、そこまで幼稚園に貢献していなかった事もあり、
涙が流れる程ではなかった。すまんな、妻よ。
 
その皆様の貢献があったからこそ、長男はこの3年間で
身体的にも精神的にも大きく成長させていただいた。
深く感謝させていただく。
 
さて、その卒園式について。2部構成。
キリスト教会付属の幼稚園である事もあり、
第一部は、音楽も厳かな雰囲気で、園長先生が卒園証書を渡したりし、
「見守ってくださった神様(イエス様)に感謝」
「これからも神様(イエス様)、子供達をお守りください」
という趣旨での儀式進行。
 
第二部は、卒園を皆で喜ぶという雰囲気で、
卒園児が歌い、在園児(俺の次男を含む)がお祝いの歌を歌い、
お互いにプレゼントを渡し合い、
楽しい歌を皆で歌う、みたいな感じ。
 
第二部の終わりくらいの所で、教会の責任者の方から、
できれば、卒業後も教会学校に来てください、皆良い人ですから・・・
という話があったのが、少々、キリスト教会側からの営業っぽくて少々気にはなったが、
長男の教育という観点に立った時、素晴らしい幼稚園だったと思う。
引き続き次男の教育も、よろしくお願いします。
 
この素晴らしい卒園式を後ろで見ていて、
「あ、結婚式と全く同じだ」と思った。
 
結婚式も多くは2部構成。
第一部が真面目な雰囲気で、第二部が披露宴。
 
第一部に関して、大きく分けて3種。
キリスト教式の結婚式
(外国人の神父さんが、片言の日本語で、教会っぽい雰囲気の場所で本を読み、神イエスの前で愛を誓う)
神前結婚式(出雲大社?の神さんに向けて、二人が結婚の誓約をする)
人前結婚式(参列者の人にサインをしてもらい、その参列者の人に対して、結婚を誓約する)
 
日本という国は、これら3種の結婚式、どれを選んでもいい。
何て素晴らしく、アバウトな国なんだ!!
 
でも、おそらく、俺のような不可知論タイプは、
「人前結婚式」が一番無難だと思う。
 
結婚式の時だけ、キリスト教徒になるのは、どうも違和感があるし、
何故、片言の欧米人の神父さんの前で愛を誓うのか、意味不明。
神前結婚式も、違和感がある。
多分、神様と仏様が一緒になっているが、神様はあんまり最近日本で活躍していない気がする。
どっちかと言うと、仏様(釈迦、ブッダ)の方が、有名だし、
神様は八百万(やおよろず)いらっしゃるらしいし、それを取りまとめるのが出雲の偉い神様なのかもしれないが、
それだけ神様が大勢いると、どの神様を信じたらいいのか、良く解らない。
 
それに対して、「人前結婚式」なら、
新郎新婦の会社の人やら、友人、親族の前で愛を誓うんだから、
「世間」「空気」が、「離婚するといろいろ面倒だよね、世間の目があるし」という形で、
離婚の抑止力になる
そうすると、将来、夫婦間でいろいろ問題が起こっても、
何とか頑張らねばならない、と思えるという形で、
将来いい影響を与えてくれると思う。
 
冠婚葬祭、結構重要である事に、改めて気付かされた。
 
幼稚園の卒園式は、別にどういう方式でもいいし、
結婚式もおめでたい事なので、別に3つの方式のどれでも別に構わない気がする。
しかし、問題は、葬式だ。
 
例えば、家は歴代皆、曹洞宗で、墓も曹洞宗なのに、
故人が死ぬ前にキリスト教の洗礼を受けており、
どういう葬式にするか、墓をどうするか、でもめるケース。
 
或いは、故人が死ぬ前に新興宗教の信者になり、
多額の遺産をその教団に既に寄付し、
さらに遺産までその教団に寄付するような遺言を書いており、
遺族と新興宗教がもめるケース、その故人の葬式と墓をどうするか、という問題。
多分、相当数あるんじゃないだろうかと思う。
 
人間誰も、いつ死ぬかわからないので、もうそろそろ死ぬかもな、と思う事があったら、
早目に自分がどういう葬式をして、どういう墓に入るかを決めておくのが、
「おとな」として重要だと思う。そうしないと、多分自分が死んだあと、
妻や子供が大いに迷惑する。
 
このテーマは、相当難しい。
多分、これからもいろいろ考えて行く事になるだろう。

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