2012/11/22加筆・修正
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ふー、昨日の投稿で、このブログが炎上しなくて良かった。
さて、今日も連日で、きわどい話。
オセロのNさんの件が、連日メディアを賑わせている。
「洗脳」というのは非常に怖い。
ここからの話が非常にきわどくなる。今日も炎上がちょっと怖い。どうか炎上させないで下さいね。
私自身、大学を卒業した後、新卒で就職した日本企業で、3年半の間、「社畜」として働いた。
今の零細外資系企業に転職して早12年目、今となっては、
「あの頃の俺は「社畜」だったんだ、今の方が幸せなんだ」と開き直っているが、
ここまで開き直るまでは並大抵のストレスじゃなかった。
実際、転職と言えば格好いいが、
実情はメンタルを病んでしまって、次の就職先も決めずに辞表を出してしまい、
何カ月かの実家での養生を経て、辛うじて今の会社に就職、そのまま現在に至る、
というのが正しい。
今になって振り返ると、俺はまさに、「洗脳」状態にあったのではないかと思う。
「洗脳」が完全に解けたと実感するのは、ほんの1年前くらい、
実に、10年近く、洗脳されていたかもしれないと私は考えている。
ここで、俺が尊敬する親父(70歳)の話になる。
親父は、同じ会社でサラリーマンとして約40年勤めあげ、
今は田舎で悠々自適の身だ。
そして、俺は、上記「何カ月かの実家での養生」の期間中、
親父と激しくぶつかった。
(25歳頃の俺)
「会社に懸命に尽くして必死に働いて、結婚もできず、彼女を作る暇もなく、
ど田舎で、仕事漬けの毎日。俺の人生こんなんでいいのか?」
(当時の親父)
「解る。が、若い時の仕事はそんなもんだ」
結局、当時は親父と解り合えなかった。
そして、多分、今も、(俺から見ると)70歳の親父は「洗脳」が解けていない。
このまま、「洗脳」が解けないまま、死んで行くんだろうと思う。
今の俺は、それで構わないと思っている。
元ネタは2チャンネルだが、次のサイトを見て、どう思われるだろうか?
少し前のブログ記事で、感情の順序は、「怒哀喜楽」と書いた。
このサイトを読んだ時に自分に湧き上がる感情、
多分、洗脳されていた頃の自分なら、「怒」
実家療養中の頃の自分なら「哀」(泣く)
今の自分は(非常に申し訳ないのだが)「喜」(笑う)だ。
このブログを読んでくださっている方の中で、
「怒」の感情がこみあげてきた方、もしかすると、
貴殿は私が言うところの「洗脳」状態にあるかもしれません。
私の親父世代(逃げ切り世代)のように、定年までの雇用保障がされているなら、
そのままで良いと思います。
しかし、もし、「いつどうなるか解らないんだよなあ」という不安がおありなら、
自分の人生の幸せについて、一旦無理やり会社を休んででも、
ご自身の幸せのため、じっくり考えてみる事を、老婆心ながらお勧めします。
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