2012/3/14 追記
こんな事、わざわざ掲示板に告白する必要全くなかった。
アホだな、俺。時期が来たら「公開しない」にしよう。
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できれば、この話題には触れたくなかったんですが、告白します。
パチンコ、パチスロも私の趣味です。
そして、この話をするには、長い説明が必要になります。
長文になりますが、ご容赦ください。
パチンコとの出会いは、古く、私が母親のお腹の中にいた時に遡ります(約40年前)。
まず、両親の名誉のために言いますが、両親は非常に立派な両親であり、
父はサラリーマンとして一つの会社で定年まで勤め上げ、
私をここまで育てて下さいました。
私が大学生の時は、一人暮らしをさせて下さり、学費だけでなく、生活費も十分に仕送りをして下さいました。
定年して約10年、今は父と母で、悠々自適の生活を田舎で過ごしています。
今でも、盆や正月の帰省時には、孫のために小遣いを下さり、
週に1回、我々を気遣って電話もくれます。
母はずっと専業主婦。温かく私を育てて下さり、嫁との関係も良好な、
優しい、素晴らしい母親です。
しかし・・・
父も母も、ほぼ唯一とも言える趣味が「パチンコ」です。
今じゃ考えられないですが、母からは、
「お前は、パチンコの音を胎教にして育った」と言われています。
妊婦時代も、夫婦でパチンコに行っていたと聞いています。
私が小学校低学年の頃、これも今じゃ考えられないですが、
私は、両親と一緒に、パチンコ(当時は、「ジャンパチ」とか言う台だったと思います)やってました。
同じような小学生がいたかどうかは覚えていませんが、
少なくとも、父か母の膝の上で小学校低学年の私がジャンパチをやっていても、
ホールの人に文句は言われませんでした。
いい時代だったんでしょうね・・・
今で言うと、パチンコやパチスロがあるゲーセンに、
父親である私が子供を連れて行って、一緒にコインで遊ぶような感覚だったんだろうと思います。
小学校低学年の私は、ジャンパチに多分はまっていました。
当たり(麻雀)の役を揃える?と、コインが出てきて、とても嬉しかったかすかな記憶があります。
さすがに、小学校高学年くらいの時、
おせっかいなおばちゃんに、私(両親?)が注意されて、
行けなくなりましたが、間違いなく、私は小学校低学年の時、パチンコホールに入っていました。
両親と一人っ子の私3人で行ってましたから、家族のコミュニケーションになっていましたし、
別に誰にも迷惑はかけていないんじゃないかと思います。
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さて、大学生になり、案の定(?)私はパチンコにはまりました。
東京で一人暮らしをして、仕送りのお金を使って、パチンコをやりました。
勝てば面白かったですが、負ければ惨め。
しかも、その当時はパチンコとの距離感の取り方が解らず、
晩飯代まで使いこんでしまい、財布が本当に空になるまで、むきになった事もありました。
勝つ事もありましたが、勝つと、つい、その勝った分は使っていいや、
という気になり、勝ち分が飲まれ、もう少しやれば出る、と思って
さらにつぎ込み、財布が空になると、銀行に行って金を下ろしてまたやる、
という、完全な悪循環でした。
交通誘導や引っ越しのバイトもやりましたが、その金は、ほとんどパチンコに消えました。
・・・ところが、大学3年生の時、運命の出会いが訪れます。
「クランキーコンドル」というパチスロ台です。
詳細は割愛しますが、「リプレイ外し」という攻略法がまだ、一般化する前で、
大学生の私は、ひたすらリプレイを外しまくりました。
まだ、それほど「リプレイ外し」ができる人がいなかったんでしょう。
1日平均、2万円以上勝てました。攻略本で調べた、期待値とも、概ね一致していました。
その後、「スーパーモグモグ」という似たような台もあった気がしますが、
いずれにせよ、私は大学にちっとも行かず、開店から閉店まで、ひたすらパチスロに明け暮れました。
バイトよりも割が良かったので、バイトも辞め、
本気でプロになろうかと思った事もありました。
その、パチスロで稼いだ金で、春休みや夏休みを利用して、海外旅行に何回か行きました。
大学4年の卒業の時、パチプロかサラリーマンになるか迷いましたが、
「なんとなく」サラリーマンになりました。
そこで3年半の間、典型的な日本企業で、サービス残業、休日サービス出勤当然の、
社畜として働きましたが、精神的に参ってしまい、転職して、今の会社に入りました。
今は、攻略法が一般化しており、技術介入の余地が極めて少なくなっていると思います。
今でもパチンコ(聖闘士聖矢)、パチスロ(北斗の拳)はたまにやりますが、
期待値マイナスだと理解した上で、ギャンブルとの距離感を保ってやれていますので、
「趣味」と言っていいと思います。
こういう経緯でパチンコ、パチスロが趣味になっていますので、
「ギャンブル依存症」だった時代(クランキーコンドルとの出会いの前)があったからこそ、
今の私がある、と言っていいと思います。
パチンコ、パチスロの話、まだまだ続きます。
2 件のコメント:
うつ状態が1年以上慢性化している今日、妻と子供達が夏休み合宿旅行でいないので、かなり久しぶりにパチンコ北斗の拳をやった。
神様って本当にいるんだろうか?セカンドビギナーズラックという事があるんだろうか。大勝ちした。
いつ解雇されるかも解らない、子供達も金がかかる、そういう理由もあって、パチンコとテニスを辞めて1年くらいになる。だが、無料でもできるスマホのゲームは、数は多いしそれなりにハマるんだが、いつでも出来てしまう分、疲れと依存性がある。
やはり慣れ親しんだ(?)パチンコやスロットは、趣味として再開してみよう。お金は多少かかるが、テニスも再開しようと思う。
それなりに楽しめたスマホのゲーム(我が天下とFF15)は、思い切って消去した。FF15には3,000円課金したので消す時にちょっと辛かったが、うつ状態が改善する可能性があるなら、試してみる価値は十分ある。
そんな思いでパチンコやったら、神様が3,000円を10倍以上にして返してくれた(苦笑)
仕事は相変わらず辛く、先に希望が持ちにくい状態だが、まずはうつ状態を治さないとどうにもならない。
よし、しばらくは仕事の辛さをパチンコ/スロット/テニスで少しだけでも忘れられる時間を作る。あと、睡眠時間がずっと長すぎたので、しばらく6時間睡眠にしてみよう。
翌々日、早くも軽躁がなくなった。
上のコメントは、ほぼ間違いなく、パチンコでたまたま勝って嬉しくて一時的に軽躁になっただけだろう。
だが、それでも自分にとっては藁にもすがるくらい大切な現象。時々この軽躁がないと、慢性的な鬱に押しつぶされて休みが寝たきりになってしまう。
なんとかパチンコのたまたまの大勝ち以外で、軽躁になれる方法を見つけたい。睡眠不足、鬱が続いた後の深い睡眠、それが鬱からの軽躁への転換のヒントだと思うんだけど、この発生をコントロールできるかどうか。容易ではないが、きっとできるはずだ。
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