2016年11月22日火曜日

(214) 12年ぶりの元同期達との飲み会

昨日、Facebook経由で繋がった、以前勤めていた会社、
(新卒で入った後、3年半勤務した、東証一部上場企業)
同じ独身寮でとても仲良かった、元同期達4人と、12年ぶりに再会し、飲み会をした。
 
俺も含めて、皆結婚し、子供がいたり、
40歳近いオッサンになって髪の毛も薄くなったりしていたが、
懐かしく、楽しく、そして、何より、今自分がいる環境とは全然違う所でずっと働いている、
元勤めていた会社の話が、非常に勉強になった。
 
Facebookによって、こういう繋がりがが得られた事に、
IT技術の進歩への感謝、感動の念を禁じえない。
多分、Facebookがなければ、年賀状のやり取りも徐々に途絶え、
そのまま元同期の皆とは、こうやって再会する事もなく、俺は一生を終えていたような気がする。
 
参加した同期5人中、4人はFacebookをやっていたが、一人は実名制に抵抗があるから、
始めていないと言っていた。
一方で、Facebookの友達が100人を超えたと言っていた、別の一人は、結構真剣な顔して悩んでいた。
「最近、昔付き合っていた彼女から友達申請が来たんだ。
でも、俺、奥さんもFacebookやってるから、その申請受けるかどうかスゲー悩んだんだけど、断った」
と言っていた。
 
独身時代、そいつは結構悪い奴だった事を、俺達は良く知っていたので、大笑いして、
「ざまーみろ、悪さした罰だ」みたいな感じで、俺達は冷やかしたが、
そいつは、結構その会社では出世コースを歩んでいて、真面目に仕事していて評価も高い様子で、
かつ、結婚して、子供もいて、真面目な父親をやっている。
「断った」と言った時の、そいつの目は、全然笑ってなかった。
 
 
Facebookには、間違いなく、「ハイリスク、ハイリターン」的な面がある。
 
俺の場合、Facebookを始めて、(辞めて裏切った?)元働いていた会社の同期と、
勇気を持って友達申請出して繋がれたから、今回のような楽しい飲み会ができ、視野を広げられた。
このメリットは、相当デカイ。
 
一方で、俺の場合、まだFacebook友達は50~60名くらいで、このくらいなら、
辛うじて「ささやかな本音つぶやき」的な事を、あっちにも書けるが、
あるレベルを超えると、ドロドロした人間関係に巻き込まれるリスクが生じる気がする。
 
俺の場合、女の子にもてない、ちょっと切ない青春時代を送り、
25歳頃まで彼女がいなかったので、「元彼女」関係の心配は一切なく、ある意味気楽だ。
しかし、最近流行りの二股やら何やら、Facebookの持つリスクを考えず、
何も考えずに友達ばっかり増やしていると、最悪のケース、
ワイドショー的な世間からの攻撃や、配偶者からの謝罪要求に、
ごく普通に恋愛を経験した一般人である誰もが、巻き込まれる事になりかねない。
 
・・・過去付き合った彼女が全然いない、俺からすると、
「ヤレヤレ~、もっとドロドロになれ~」
「昔女の子にもてて、幸せな思いした奴、ざまーみろ~」
みたいな、ワイドショー大好き、サンジャポ大好きな下世話な心がつい顔を出してしまうが、
これはFacebookには書けない言葉なので、ここに、こぼしてみた。
やっぱり、俺にとっては、このYahooブログ、結構重要だ。
 
Facebookを本当に楽しめる人って、過去、「誠実」に人生を生きてきた人じゃないかと思う。
後ろめたい事(特に恋愛関係や、友達関係)をたくさんして来た人は、
実名で簡単に検索されてしまうFacebookの世界では、過去の悪さがバレてしまうだろう。
 
当面の間は、「同窓会」やら、俺のケースのような「昔懐かしい友達と再会できる」という、
メリットの方に皆気を取られるから、Facebookの広がりは留まるところを知らないだろう。
 
しかし・・・
どこかの時点で、「やばい、やばいぞ、このFacebookは」と、顔面蒼白になる人達が、
日本中で続出する予感がする。
 
・・・日本人の「タテマエ」と「ホンネ」が、Facebookの世界では白日の下に晒される。
我ながら、俺って、すごく性格悪いが、その状況を見たり、飲み会の席で聞いたりするの、
多分、楽しくて仕方なくなるだろうと思う。
 
人と人の繋がりってのは、本当に面白い。
自分の心が弱り、「一人になりたい」という時はあるけれども、
やはり、友人というのは、人生を生きる上で、かけがえのない大切なものだよな~としみじみ思う。
 
あと、俺は経験できなかったが、「若い時の恋愛経験」っていうのも、きっと、大切な事だろうと思う。
俺のようなタイプが、多分一番気をつけなきゃいけないのは、「昔やり残した」気になって、
40近いオッサンなのに、「恋愛」がしたくなってしまう事のような気がする。
妻への「恋」は、「愛」に変わってしまったけれど、
今の俺が「恋」を求めてしまうのは、仕方ない事なんだけど、それをぐっと我慢するのが、「大人」だ。
うーーー、切ない。切なすぎる。若い人達が羨ましいと、心から思ってしまう。
 
・・・あー面白かった。
 
次の記事では、元働いた会社の同期が12年働いた環境と、俺の12年の環境の違いにより、
日本の縮図みたいな、興味深い違いが見えた気がしたので、それを書いてみようと思う。

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