2016年11月29日火曜日

(338) 魚の目=間(ま)が見える事?

弊ブログ記事、【(32) 鏡像問題、虫の目目線、鳥の目目線】にて、
「日本語脳は『虫の目』的」
「英語脳は『鳥の目』的」
であるという内容を書いた。
 
・・・もしかすると、私の書き方が独創的過ぎて、解って下さる方が少ないかもしれないが。
 
これらの言葉は、元々経営の分野で良く使われ、『鳥の目』、『虫の目』、『魚の目』という3つのセットで使われる。ググったらトップ表示された記事。これ以外にも、もっと解りやすいページがあるかもしれない。山ほど出てくるので、ご興味のある方はご自分で調べて下さい。
 
私は最近、
「虫の目」+「鳥の目」を使って、いろんな情報を入手し、分析し、自分なりの仮説を作り、歴史を調べ(温故知新)、狭い所(自分&家族)から広い所(日本&世界)までいろいろ観察して、自分の仮説を検証し、何度もこのサイクルを回し、他の人の意見を聞いたり、批評されたりして、自分自身で仮説を洗練させていく過程で、「魚の目」って、自然に備わってくるんじゃないかと考えている。
 
虫の目だけでもダメ、鳥の目だけでもダメ。一方だけでは流れは見えない。
時流が見えた気になっても、精度が低い。
 
ビートたけしさんが、最近の著作「間抜けの構造」で、
子供の時、過酷とも呼べるような環境で育たれたので、子供の時から(殴られたりする時に)「自分がポーンと抜ける」、「あ、たけし君が殴られてる、って他人事のように見る癖がある」みたいな事を書かれていたと思うが、それって、まさしく「鳥の目」で見る力を、幼少期から鍛えておられたんじゃないか?と感じた。
 
たけしさんが凄いのは、「虫の目」での観察力も非常に高い事。読書量も半端ないし、人とのコミュニケーションを通してさまざまな人を(虫の目で)観察し続けておられる。そして、自分自身に関しては、時々「ポーンと抜ける」、つまり、鳥の目で見て、自分を客観視できるんだと思う。
 
だから、「間」が見えるんじゃないだろうか?
 
つまり、虫の目と鳥の目を両方とも高めた結果として、魚の目で見ることができておられるような気がする。
 
多くの人(もちろん、私も含む)は、なかなか『間』を見極める事が難しいが、たけしさんは、それを天才的なまでに高めておられるんだろう。
 
 
似たような話で、サッカーの、ヨーロッパのトップリーグで活躍している一流選手達は、「鳥の目」を持ちながらプレーしているらしい。つまり、物理的な目は、フィールド上にあるんだけど、頭の中では、フィールドを上から俯瞰できているそうだ。
 
香川選手から、本田選手への絶妙なパス(敵を引き付けて、コンマ何秒のタイミングで、スペースにボールを出す)なんかは、二人の天才サッカー選手が、虫の目でのアイコンタクトと、鳥の目でのフィールドの俯瞰に加えて、お互いの考えを理解した時に生まれる、アートみたいなもんなんだろう。だから、みんな感動する。
 
普通のサラリーマンで一生食っていこうと考えている私だが、
鳥の目、虫の目、どちらの能力も、一生、高め続けたいもんだ。

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