2016年11月29日火曜日

(321) ハレとケと誕生日

明治以前には当然のようにあったらしいが、今は廃れている日本人ならではの文化として、
『ハレとケ』という言葉があるらしい。
 
 
晴れ舞台、晴れ着、と言う言葉で、現代にも残っていると思うが、
「皆で一斉にお祝いする」という傾向が、昔から日本は強かったんじゃないかと思う。
 
例えば、年末年始、ゴールデンウィーク、夏休み(お盆休み)の年に3回の大イベント。
休日を分散させた方が帰省ラッシュの混雑が緩和されることは解っていても、なかなか日本人、
他の人が働いている時に、自分だけが休むのは苦手という傾向が強いと思う。
 
結婚式は別として、これらの休みを『ハレ』と考えると、解りやすい気がする。
普段の『ケ』の状態は、頑張って働き、真面目に生活し、(昔なら地道に農作業をしたんだろう)
ハレの日には、皆でお祝いし、時に羽目を外す事に寛容になる。
 
地方では、今も伝統として受け継がれている、派手な「お祭り」みたいなのは、もしかすると、地方独特の『ハレ』を祝う風習だったのかもしれない。
 
さて、ここで話が変わるが、日本では、誕生日のお祝いをする時、
"Happy Birthday to you・・・"
と皆で歌ってお祝いするのが通例だと思うが、私の知る限り、日本語で『ハッピーバースデー』に相当する歌は存在しないと思う。これは何故か?
 
多分だが、数え年で統一してしまい、明治以前は個人の誕生日を個別に祝うという習慣がなかったんじゃないかと想像する。
 
数え年(Wikipedia)
 
七五三は、昔は医療水準が今ほど高くなかったので、幼い時に命を落としてしまう子供が少なくなかったから、その年齢まで生きたことをお祝いする、という風習が起源だという説を、どこかで聞いたことがある。女の子の3月の雛祭り、男の子の5月人形なんかも、みんなで、数え年でその年齢になった子供たちとその家族を心から祝う、そういう素晴らしい文化があったんじゃないかと想像する。
 
今でも、外資系のファミレス(Sizzler等)は、誕生日のお祝いで店員さんが盛り上げてくれるというサービスが普通だが、日系のファミレスでは、そういう事はやってないと思う。多分、今でも「誕生日のお祝いは、家族の中(或いは恋人同士)だけで仲睦まじく」みたいな考えを持っている日本人は、実は結構多いんじゃないかと思う。
 
欧米式か、昔ながらの日本式か、どっちがいいかという話ではなくて、そういう違いがあるという事は頭に入れておいた方がいい気がする。
 
ちなみに、冒頭のWikipediaのハレとケにある、『葬式をハレとするかケガレとするか』という疑問に関しては、個人的には、「家族の外の人にとってはケガレ」、「家族内ではハレ」という二重構造だったんじゃないかと思う。
 
今でも、身内に不幸があった時には、喪中ハガキを出して、年賀状の交換を断るという習慣が残っているが、その家族の中の人にとっては、故人を偲ぶと同時に、故人の恩に感謝し、気持ちを前向きに切り替えるという意味が、その正月の時期に多少なりともあったんじゃないだろうか。
 
家の外の人(世間)は、悲しみを表現するために年賀状を出さない。一方で、家族は故人の死を、いつまでも悲しんではいられない。何より、そんな事を故人は望んでいないのは明らか。悲しみからの回復の時間軸は人それぞれだが、そっとしておく優しさもある。そういう事を、日本人のご先祖様達は良く理解しておられたんじゃないかと思う。
 
・・・と言うわけで(?)、私は自分の誕生日を自分の家族以外の人から祝われないよう、誕生日は極力他の人には言わないようにしている。その方針は実名制のFacebookでも忠実に守っている。
 
「誕生日おめでとうございます」というメッセージでFacebookの友人達のウォールが埋め尽くされる姿を見て、まったく羨ましくないと言えば嘘になるかもしれないが、やはり、誕生日は自分の家族内だけで、ささやかに祝ってもらうのが、私は嬉しい。
 
今月38歳になって、しばらく時間が経過したので、私自身の備忘録を兼ねて。

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