2016年11月24日木曜日

(267)『世間 孟司』への改名計画?

今朝電車の中で思いついた事。
 
【(116) 名前(姓名)】の続き。
 
日本人の苗字って、先祖代々受け継いでいくものだ。下の名前は両親が、(多くの場合)一生懸命考えて名付けるが、自分の知る限り、「苗字」を自分が初代として新設するケースは稀だと思う。外国人の方で、帰化される方はそういうケースがあるだろうが。
 
世代間格差の是正の方策の一案として、「苗字」を新しく作るという事を(多くの普通の日本人が)行ったら、どういう事が起こるだろうか?現実は、少子化で、お墓を継ぐ人がいなくなっていくだろう。絶家になるケースは、多分、「共同供養墓」みたいな所に移ってもらわざるを得ない。骨になってしまった方には、それは我慢してもらうしかない。
 
しかし、例えば、3人以上子供がいる家族があったとして、単純計算で2人が「先祖代々」の墓を引き継げればバランスする。よくありがちなケースなら、長男が家を継ぎ、長女が他家に嫁ぎ苗字が変わり、その嫁ぎ先の墓に入る事になる。でも、3人目は言葉は悪いが「余る」。どこの家を継ぐ義務もないんだから、逆に言えば、結婚と同時に完全に新しい苗字を名乗っても、別に困る人はいないと思う。
 
私自身は長男で一人っ子、しかも母親も一人っ子で、先祖代々の墓を捨てるのは難しいけれども、例えば、次男と(兄のいる)次女が結婚する時に、「新家設立」みたいな事ができるというオプションが当たり前にあると、「よ~し、新しい家を俺達夫婦でゼロから作り上げていくぞ、頑張るぞ!!」みたいな気持ちにならないだろうか?
 
同時に、俺達が設立するのは新しい「家」だから、遺産も、引き継ぐものも何もない。あるのは日本国の膨大な借金を返さなきゃいけないという重荷だけ。普通に考えれば、不公平。でも、そんな重荷なんて、自分達の力で跳ね飛ばしてやる。死んだ目をした、既得権にしがみつくオッサンやジジイ達なんて、クソ食らえだ!とか、熱い想いを持てないだろうか。
 
先祖代々の墓を守る使命がある自分にはできない夢物語だが、将来もし自分が資産を貯められて、もしそういう若者が現れたら、絶対そういう活動を応援したい。子孫に美田を残すと、子孫は馬鹿になる。息子達には、「獲物の狩り方」「畑の耕し方」は最大限教えたいが、『獲物』や『美田』は腐る。金は人を狂わせる。だから、息子達に残す遺産と、新家を応援する資金とはバランスさせられるはず。新しいベンチャー企業を応援する、「ベンチャーキャピタル」みたいなイメージかな。
 
そこで、もし、自分が新しい名前を名乗れるなら、どういう名前にするか、パッと閃いた。
 
「世間 孟司」
苗字が「世間」で、
名前が「孟司」・・・もちろん、私が心酔している、養老孟司さんに名前をお借りする。大変畏れ多いが。
 
【世間】という苗字は、おそらく存在しないだろう。
これで調べたら、やはり、『世間瀬(よませ)』という苗字は存在するようだが、『世間』という苗字はない。
 
これは当然なんだろうと思う。私の説では、「世間」は「家族」の補完語。弊ブログ記事(237)参照。
 
もしそんな苗字をつけようとする人がいたら、今の言葉でいえば、「DQN苗字」と、からかわれたに違いない。「世間」さん家の代表者が「世間をお騒がせして申し訳ありません」とか、みんなの前で謝罪したら、みんな笑いを堪えるのに必死になってしまうだろう。
 
michitenjiという思い入れのある名前だが、これにこだわり過ぎると、俺は将来ダメになるかもしれない。これを「世間 孟司」に変える分には、別に問題ないかもしれない。
 
いつか、michitenjiを改名して「芸名」か「ペンネーム」みたいなイメージで、「世間 孟司」と名乗る日が来るといいな。当面の間はmichitenjiという名前の方を、地道に世間に売り込む活動を続けたいと思うが。

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