265の続き。
③の生きとし生けるものに関して。
日本人について。
休み中に1日だけ、一人になる時間があったので、久しぶりにマンガ喫茶に行った。
昔読んだ、「お~い!竜馬」
1巻から7巻まで読めた。もっと読みたかったんだが、制限時間オーバー。時間を取って、8巻以降も読みたい。
Wikipedia お~い!竜馬
もちろん、創作であり、竜馬をカッコ良く描き過ぎてはいるんだろうが、昔読んだ時、衝撃を受ける程面白かった記憶がある。強烈な印象に残っているのは、土佐藩の差別。
上士である、後藤象二郎や、乾退助(後の板垣退助)からの、
郷士である、竜馬や武市半平太などへの身分差別。
今回読んで、改めてその時と同様の衝撃を受けた。
とてもじゃないが、このブログの記事では書ききれない近代史だが、今、非常に興味を持っているのは、板垣退助の自由民権運動。「おーい!竜馬」では、悪役として描かれている板垣退助だが、Wikipediaによると、竜馬の死後、坂本家と親戚になったそうだ。諸説あるんだろうが、板垣退助は坂本竜馬の事を晩年には深く慕っていたという話も、どこかで聞いた事がある。
自由民権運動って、歴史の授業では詳しく習っていない気がするが、「基本的人権の尊重」は、明治・大正は実質的には憲法(大日本帝国憲法)に織り込まれず、自由民権運動の理念が成就したのは、日本国憲法が成立した、終戦後という歴史評価もあるらしい。
じゃ、幕末の志士の方達が流した血はどう生きたのか?その後の自由民権運動はどう歴史に影響を与えたのか?
坂本竜馬、吉田松陰、高杉晋作・・・
皆30歳前後で亡くなっており、もう37歳の私は、幕末の志士の方達よりも年を取ってしまった。
『おーい!竜馬』に描かれている土佐藩郷士、中国の貧しい庶民のゲリラ層は、「攘夷」、「外国人排斥」みたいな形で、自分達が当時置かれていた苦しい状況から逃れようと、夢や希望を持ち、必死に戦った。その過程で、外国人も大勢犠牲になり、どちらにも多数の犠牲が出た。
しかし、『お~い!竜馬』で描かれている竜馬は、そういう「攘夷」という考え方から距離を置き、目線が世界を向いている。土佐藩郷士の旧友達が、「尊王攘夷」と叫ぶ姿を見て、違和感を感じている竜馬が描かれている。
なんとなく、「攘夷」と叫ぶ土佐藩の郷士達の姿が、日本では「ネトウヨ」と呼ばれる人たち、中国では「網民」と呼ばれる人たちに重なる気がするのは、私の気のせいだろうか。幕末の志士達が流した血が、何故流されたかを考える時、何か違う解決策を思いつくヒントは得られないだろうか・・・
攘夷 = ナショナリズム
的な考えに対して、竜馬は、「パトリオティズム」的な考えを持っており、視野が広かったんじゃないだろうかと思う。
参考 : 弊ブログ記事 【(107) nationalismとpatriotism】
*2012/8/20現在、「世間 nationalism」または、「世間 patriotism」でググっていただけけますと、トップ表示されています。
しかし、その竜馬は31歳の時、近江屋事件で暗殺された。今は基本的には非常に平和な時代だ。血を流さずに、良い方向に向かわせる方法はきっとあるはず。その一つの方策が、日本では、世代間格差の是正、家族間格差の是正に、もっと目を向ける事じゃないかと感じるのは、私の考え過ぎだろうか?
坂本竜馬(Wikipedia)
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