2016年11月24日木曜日

(244)脱走ペンギン

【(243)脱走ペンギン マッチョ?でメタボ】の続き
 
どうしても脱走ペンギン君が、自分の過去とかぶってしまい、頭から離れない。今朝は通勤電車の中で、これからの脱走ペンギン君がどうなるのか、つい妄想してしまった。
 
今、脱走ペンギン君は、水族園のお客さんから見ると「孤独」でいるように見える事が多いらしい。ペンギンの習性に過ぎないんだろうが、自分自身、海外から日本に帰って来てしばらくは、日本の便利さ、人の優しさに感動を覚えつつも、どこか「孤独」を感じていたような気がする。

大学生の頃の自分がまさにそうだった。だから、就職するまでの間、休みのたびに海外旅行が待ち遠しかった。もちろん、仲の良い友達と遊んだり、たまにサークルに行ったり、バイトしたり、スロットやったり、留年すると仕送りしてもらってる両親に迷惑かけるので、時々は授業に出て試験勉強したり、4年生の時は、自分なりに必死に卒論研究、実験をやったりした。いくら日本の大学がアメリカに比べると「入りにくく出やすい」傾向があるとはいえ、研究室に配属された後の理系の3年生、4年生の時は、人並みに勉強と研究は行った。修士には行く気がなかったので、大学4年の5月くらいに就職を決めたが。
 
その後典型的な日本企業に就職した後、無意識のうちに、日本人に適応していった気がする。脱走ペンギン君の例で例えるなら、(誤解を恐れずに言えば)最初は水族園の外を見て、野生に目覚め、エサの魚を自分で採る方法を覚え、胸筋が発達しても、徐々にエサをもらう水族園の生活に慣れ、他の水族園のペンギンたちと同じ生活をする過程で、海水で脱色された毛皮(?)も他のペンギンと同様の黒い色に徐々に戻り、他のペンギンと識別できなくなっていく・・・
 
一時的には、脱走ペンギン君も水族園で人気になるだろうが、いずれは、他のペンギンと同じになってしまうだろう。さすがに、もう2度と脱走はできないだろう。なんとなく寂しい気がするが、絶滅危惧種のフンボルトペンギンが、日本の水族園にいるというのは、突き詰めれば、「人間がペンギンを見たい」からであり、「フンボルトペンギンが絶滅しないために水族園に住んでいる」訳ではない。身も蓋もない事を言ってしまえば、「水族園を飛び出してマッチョになって帰って来た」という心温まる話も、結局は人間のエゴに過ぎない。
 
自分自身、大学生だった18歳~22歳の頃は、「でっかい事をやってみたい」「日本という既定の枠に囚われたくない」という、夢に満ち溢れていた。それは本当に良かった。だからこそ、海外へのバックパッカーでの旅など、その頃にいろいろな経験ができた。実際に今、その経験が仕事で大いに生きている。
 
でも、守るべき家族ができ、将来は介護、同居しなければならないであろう両親の事を考えると、「でっかい事をやってみたい」という夢は消えてはいないが、現実はそうも言ってられない。大黒柱として、一家の生活を支えるために、俺のワガママばかり言っている訳にも行かない。日本人って、そう言うもんだと思うし、それは仕方ない事だと思う。
 
でもペンギン君達、
「群れで行動するものなので、3カ月ぶりに帰ってきても、自分の親が誰か忘れちゃってる」
「名前を呼ばれても反応しないので、ペンギン達は自分の名前を認識していない。観客の方に親しみを持ってもらうために名付けている」
・・・何故か、ペンギン君達の事を羨ましく思ってしまう自分がいる。
 
脱走ペンギン君、これから君がどうなっていくのか、見守らせてもらうよ。俺個人の願いとしては、君が独力で飛ぶ特訓をして、いつか空を飛んで、また水族園から逃げ出してくれる事を夢見ているよ(泣き笑い)。

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