2016年11月22日火曜日

(215) 年功序列制度(アラフォーの視点から)

さて、この12年間、全く違った環境で社会人生活を送って来た、
俺が元勤めていた会社の同期(4名)達と、俺との仕事に対しての考え方の違いについて。
 
ちなみに、その4名は皆、俺から見ると、
仕事に対しての考え方は、その会社の文化にしっかり染まり、
似たような考え方をしているように見えた。
 
多分、給与は俺より良いと思うし、俺と同じで、結婚して子供もいて、
皆、それぞれの人生を歩み、「幸せ」を目指して、頑張って毎日を生きている、
同世代の素晴らしい仲間たちだ。
 
基本的には、12年前に、俺が会社を辞める時点では、俺は彼らと同じ考え方をしていた。
3年半という短い期間だが、大変お世話になった、その会社の文化に俺自身も完全に染まっていた。
 
つまり、その後俺が転職して、俺だけが米系外資系企業に勤めた12年間の仕事の経験によって、
彼らと違う考え方になって行ったという事だ。
もし、俺が12年前にその会社を辞めておらず、継続して働いていたら、
俺は今、彼らと同じ考え方をしていたに違いない。
 
さて、二つの会社の違い。
 
①昔お世話になった会社 (グループAと呼ぶ)
 
典型的な日本企業。従業員数1万人以上。新卒採用中心、年功序列。老舗メーカーで、日本各地に工場、支店があり、転勤も多い。海外への販売も目指しており、同期の中には、インド、南米等、世界各地に出張している人も大勢いる。
 
 
②俺が12年働いている今の会社 (Bと呼ぶ)
 
零細外資系企業(米系)。グローバルでは従業員数5,000名以上。日本法人は約50名。規模が小さく、新卒を育てられないので、中途採用しかいない。俺が採用された12年前は、業績好調で人員増強していた。俺を採用してくれたのは、「日本企業で3年くらい働いて、社会人としての基本ができている第二新卒が欲しい」という要望に、俺がぴったりだったから。
 
 
俺が気付いた、元同期の4人(A)と、俺(B)の考え方の違い。
 
①会社への忠誠心
A : 会社への忠誠心が極めて高い。家族意識。飲み会では、同期だけでなく、先輩や後輩の話が沢山出た。その話し方を聴いて、「社員を、家族のように捉えているな」と強く感じた。
 
B : 会社への忠誠心は希薄。仕事に対して給与をもらっている、契約関係、という意識の方が強い。
 
 
②転職に関して
A : 35歳くらいまでは考えたが、もう、転職はする気ない様子だ。
 
B : 会社の業績が悪くなれば、いつリストラされるとも限らないので、何かあった時のために、念のため、人材紹介会社とかはリサーチ済み。今のご時世、転職も容易ではないが、一度外資系企業に入ったら、次も外資系企業に転職するのが無難と考えている。
 
 
③転勤に関して
A : 会社の命令で、転勤を命じられるのは仕方ない事。関西、関東、海外、同期は散り散り。今回の4名は、たまたま東京勤務だったから、会う事ができた。転勤は、ジョブローテーションの意味合いが強く、また、個別工場・支店がタコつぼ化するのを防ぎ、全国が「会社カラー」に染まる一方で、人は入れ替え続ける事で、企業集団としての強さを確保している。
 
B : 転勤は基本的にはない。「日本国内に、会社にとってのお客様がいて、日本語を母国語にする日本人が必要」だから、俺のような日本人の従業員を雇っている。日本法人自体は、規模が小さいので、支店をたくさん持つと不効率であり、東京都内にオフィスを設置。来日した、アメリカ人等が、成田空港からのアクセスが便利である必要がある、という理由もある。
 
 
俺達40歳前後の人間は、「年功序列の崩壊」という、日本で起きている変化を、肌身に感じている。
しかし、上記の違いを見た時、俺自身は、
「老舗の日本企業(特にメーカー)では、年功序列は崩壊しないんじゃないか?」と思った。
 
何故なら、日本企業(メーカー)で年功序列が崩壊する = 日本企業の強みの消失だから。
アメリカ式の職務給方式に本当の意味で切り替えると、世界という視点で見た時、
日本人の強みが生きるメーカーとしての競争力がなくなり、イコール、会社が存在できなくなるんじゃないか?
と思った。
 
多分、これから、全世界的規模で、製造業での、
ITシステム導入、自動化、モジュール化、Just in Time方式(グローバル化されてしまったかんばん方式)
それに伴う、「職人的スキル」が生きる分野が浸食されていくと言う現象は、
一方通行、不可逆的に進み続けるだろう。
 
それでも、日本人の「年功序列システム」を根幹にした、日本の製造業の強み、
これが完全に消失するとは思わない。
 
薄型テレビ、携帯電話、太陽電池、DRAM(エルピーダ)など、
浸食は物凄い速さで進んでおり、日本中が危機感一色だが、
多分、例えば、
「大型ガラス」「鉄鋼」「粉モノ、練り物」のような、
ニッチというか、自動化によるメリットが比較的得られにくい業界、
つまり、職人技・高い現場の士気に裏打ちされる、厳しい現場の品質管理が必要とされる分野では、
引き続き優良な日本企業は多数存在し続けると思う。
 
勿論、エルピーダのように、沈没していってしまう泥船も多数発生するだろうが。
 
いずれにせよ、少なくとも40歳時点では、
俺よりも元同期の4人の方が給与は良いし、会社の福利厚生も充実しているし、
社会的なネームバリュー(XX社の社員)も、圧倒的に俺の方が下だ。
 
そういう意味では、今の就職活動している人達が、必死に大企業を目指すのは、間違っていないと思う。
 
但し、これから10年後、どうなっているかは全く予想がつかない。
 
しかし、俺自身の場合、いろいろあったけれども、
「いつどうなるか解らないから、家族を守るためにも、常に自分で勉強して、
自分の労働市場価値を維持し続けなきゃいけない」という危機感を、12年間感じ続けてきた。
その間、英語力や、グローバルな視点、日本語・日本文化の勉強という意味では、
俺は元同期達の何倍も努力してきた、話しながら、そういう自信を俺自身が感じる事ができた。
 
また、俺自身が一人っ子で、静岡に住む両親とばあちゃんのこれからの介護問題を考えると、
転勤のない今の環境で本当に良かった~、と強く感じた。
 
過去12年間の間に、「あの会社、辞めるんじゃなかった。親も内心悲しんだだろうし・・・」
みたいな後悔をする事、正直何度もあった。夢に、何度出てきたか解らない。
今でも、心のどこかで、一緒に飲んだ4名の仲間たちへの嫉妬心がないと言えば嘘になる。
また、もし、俺を雇ってくれるなら、あの会社でもう一度働きたい、
と今も思うぐらい、俺はその会社が好きだった。
 
ふー、
ここにこうやって、こういう事を堂々と書けるぐらいには、
俺は俺自身の過去に向きあえている。
これは本当にありがたい事だ。
 
一度しかない俺の人生だ。
 
サラリーマンとしての仕事も、このブログも、Facebookも、株式投資も、子育ても、両親の介護も、躁鬱病も、趣味のパチスロも全部、その時一番楽しいと感じられるものを、やり続けてやる。それで、通勤電車で大勢見かける普通のサラリーマンのような、死んだ魚のような眼にならずに、脳を成長させ続けてやる。
 
きっと、それが俺にとっての、「道という道は全て天竺に通じる」という事に違いない。
ちょっと熱くなってしまったが、この想いは、忘れないようにしたい所だ。
 
多分、仕事がバタバタになったり、静岡の実家で問題が起こったりして、
この記事を忘れてしまった頃、俺の目が死んだ魚の目になっちまう事も今後何度も起こるだろう。 
だが、そういう時は、この俺自身の記事を読み直してまた頑張ってやる(笑)

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