2016年11月16日水曜日

(5) 企業の世間的責任

2013/1/10加筆
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元々、欧米でCSR(企業の社会的責任)の重要性がうたわれたのは、
エンロン、ワールドコム事件の反省が出発点だと思う。
 
以下、日本、アメリカのステークホルダーの優先順位に関しての特徴。
 
日本(「売り手良し、買い手良し、世間良し」)
従業員(正社員)>取引先(顧客・サプライヤー)>>国(税金)>株主

アメリカ(株主資本主義)
株主>>従業員>取引先>国(税金)

注 : >>の箇所は、大きな差
順序は似ているようだが、株主の場所が全然違う。

アメリカは、株主の「金を稼ぎたい」というアニマルスピリットを大原則とした、
自由主義経済、株主資本主義。
 
その行き過ぎが、上記のエンロン、ワールドコム事件
株主利益を追い求め過ぎて、社会に迷惑をかける結果となってしまった
だから、行き過ぎを食い止めるために、企業に「社会的責任」を求める事となった。
 
では、我が国日本。
そもそも、世論、世間、空気が支配している日本では、エンロン、ワールドコム的な企業は
空気、世間によって激しく攻撃される
ライブドアやホリエモン、村上ファンドがその典型例だと思う。
年越し派遣村、製造業への派遣社員解禁反対というのも、別の角度からの、
空気、世間からの経営者への反発だったと思う。
さらに、数年前の西武グループの堤さん、今話題の、ティッシュ王子もそうだ。
だから、そもそも、日本ではそんなに「企業の社会的責任」は気にしなくていい
放っておいても勝手に世間が、時に過剰・やり過ぎとも思える勢いで、何とかしてくれる。
出る杭を打ちまくってくれる
 
だが、それじゃ、激しく不満を持つ人がいる
日本で一番優先順位が低い所に位置されている、「株主」(主に個人株主)だ
(グローバル化した企業では、株主の優先順位が高い企業も多いが、
 日本の株式市場を見渡すと、未だ多数の企業で、特に、低PBR銘柄ではこの特徴が確認できる
 
「企業の世間的責任」とは、この、「個人株主」に対しても、
本来あるべき権利、見返りを与えるべきではないか、
という趣旨で使ってはどうかと思う言葉である。
 
企業の世間的責任を果たせていない典型例が、財務が良好なのに、
PBRが0.5倍を下回るような、オーナー的な創業者が大株主となっている会社群。
株価が上がる事は、オーナー的経営者にとって、
決して嫌なことではない。むしろ、嬉しい事のはず。
 
「企業の世間的責任」という言葉に注目が集まっていけば、
比較的副作用が少ない形で、
日本全体の景気活性化、
世代間格差の緩和に繋がって行くのではないか、と期待している

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日本の特徴

①正社員を家族のように会社が守るシステムだから、悲惨な赤字が出るような事があっても、
極力雇用に手を付けずに済むような、
潤沢な自己資本の積み上げが必要。
 
ソニー、シャープ等の電気業界のように、やむにやまれずリストラが始まると、
「上乗せ退職金」「リストラ費用」という形で、潤沢な自己資本の切り崩しが始まる。
それでもダメな状態(例 : エルピーダメモリー)に陥ると、
「泥船」に乗ってしまった関係者全員が悲惨な事になる。
でも、そうなってしまった後も、日本人正社員には「会社への忠誠心」を求められるらしい。
申し訳ないが、俺の目からは、ここまで来ると、「カルト教団」に見えてしまう・・・
参考、弊ブログ記事(165) : 

②株主が事実上、ないがしろにされる事が起こりやすい企業が利益を出し、それにより国に税金を納める事が企業の社会的責任であるという事は
アメリカと同じだと思う。
しかし、タテマエは株主を持ちあげつつも、
ホンネの部分では、金持ちの株主への優遇よりも、国として庶民を助ける事が重要、
と国民の意識として考えているような気がする。
本当に株主は「金持ち」ばかりなのか、という点には大きな疑問を感じるが

アメリカの特徴(但し、サウスウェスト航空のような例外もある):
③株主が何より大切株主の利益を出すためなら、時に従業員、取引先との関係を犠牲にしてでも、
強引なアクションを行う。
業績が良い時には、皆ハッピーだが、業績が悪くなると、どぎつさが目に見えて表れて来る。
このアニマルスピリットこそが、自由主義経済との理念が根強い
「We are the 99%」など、最近それに疑問を唱える声が出てきているが、
さらに、「We are the 1%, We stand with the 99%」(俺たちは金持ちの1%だが、99%の味方だ)、
という、両者の利害対立を何とかしようという意見が出てきた。
いろんな意味で1%側主導になりやすいが、このスピードの速さが、アメリカの凄い所だと思う

いずれにせよ、
企業の社会的責任に求められる要求が、文化的な違いにより、
日米を比較すると全然違う。
その意味で、CSR =「社会的責任」と完全に対応していないと考える。
 
そもそも、日本には「社会」はない
そこにあるのは「世間」「空気」である。

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