2016年11月29日火曜日

(344) 飽「情報」の時代

日本人アラフォーの私は、生まれた時から「飽食の時代」だった。
 
しかし、20年前は、まだ「情報」に関してはそうではなかった。
 
ところが、特にこの数年間、スマホやSNSが当然になり、ネット社会になっている今、これが
飽「情報」の時代になっていると強く感じる。
 
食べ物と情報には類似性がある。
 
人間のお腹に入るのが食べ物。人間の脳に入るのが情報。
胃や腸で消化してエネルギーに変えたり、身体を作るのが食べ物。脳で情報処理して、言葉や決断に変えたり、知識として脳に記憶として蓄積されるのが情報。
前の記事で書いた通り、食べ過ぎるとメタボになり、情報を入手してばかりだと、インプット過多症候群になる。
 
情報伝達のPUSH型とPULL型のイメージも重ねてみると、理解しやすい。
 
PUSH型 : 情報を伝えたい側(送り手)が、押し出すように情報を発信する。
PULL型 : 情報を知りたい側(受け手)が、引っ張るように情報を受け取ろうとする。
 
PUSH型の例 : 広告、飛び込み営業、CM、電子メール(Blackberry、携帯メール)、電話など
PULL型の例 : ネット検索、旅行(して風景や地域を見る)、DVDを買う、音楽をダウンロードする、など。
 
「情報」も「食べ物」も、豊かになると、世の中にたくさんあり、有り余った状態になる。基本的にはこれは素晴らしい事であり、そういう状態が達成できている国は、世界でもそれほど多くはない。何だかんだいっても、日本は、非常に豊かな国だ。
 
しかし、こういう状況になった時、人間が本来「幸せ」を感じるのはなぜなのか、という点を見落としてしまいがちになる。
 
どんなに美味しいものを食べても、お腹がすいていなければ美味しくないのは、「食欲」が自分の中に生まれる前に食べてしまうからだ。同じように、「情報欲」が生まれていない状態の時には、PUSH型の情報伝達ばかりなのは、あまりよろしくない。
 
「私の作る料理がおいしくないと思うお客様には、私のお店には来てもらわなくて結構です」という雰囲気を出しているお店は、PULL型を維持する事が、自分の料理人としての充実感を維持する事に繋がる事を理解しているんだろうし、それが結果的に、お店の価値を最大限高めていると思う。
 
今は夢物語だが、私にとっての「天竺」は、こういうイメージだ。どんな道にあっても、自分だけが心に持っている羅針盤を信じて、自分の道を進み続けよう。その実感を持ち続けられれば、外部環境がどうあっても、きっと自分の人生が充実するはずだ。

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