2016年11月29日火曜日

(333) PASSIONの危険性と「慈悲の瞑想」の大切さ

稲盛さんが京セラ時代、アメリカの部品会社AVXを買収した際、アメリカ人の勉強会のために考えられた
「PASSION」という経営哲学。
 
P : Profit 利益
A : Ambition 野心・熱意
S : Sincerity 誠実さ
S : Strength 強さ
I : Innovation 創意工夫
O : Optimism 楽観的な思考
N : Never give up あきらめない
 
PASSION : 情熱
 
参考サイト
 
実は私は10年以上前まだ自分が20代で若かりし頃(結婚する前)、この本を読んだ時、「なんて素晴らしい哲学なんだ!!」と感動した。
 
しかし、今は、やや、というか、かなり考え方が違う。
 
何故かと言うと、この哲学は、確かに経営(会社経営だけではなく、家族も、組織運営も)をする時、役に立つのだが、一方で、これをある組織(特に会社経営)で強く意識づけし過ぎると、人の幸せにとって、極めて大切なものを犠牲にしてしまうような集団心理に陥る危険性があると考えているからだ。
 
アメリカでは、AVXの経営幹部の一部には受け入れられたかもしれないが、根づかなかったと思う。
 
今日の日経(迫真スペシャル)でも、稲盛さんは、ご自身の哲学をダボス会議で発表され、「期待外れ」と感じられたそうだが、やはり、稲盛さんの考えは、私は非常に怖い。誤解を恐れずに言えば、第二次大戦で、終戦間際、特攻隊で自分の命を投げ打つことを、『英雄的行為』と、日本人全員が思い込んでいた姿とが重なって見える。
 
このPASSIONという経営哲学だけだと、すっぽり抜け落ちるのは、人として、幸せであるための優先順位。
 
慈悲の瞑想
(私が幸せでありますように、私の親しい人が幸せでありますように、生きとし生けるものが幸せでありますように)
 
これを忘れなければ、PASSIONの経営哲学は非の打ちどころがない。
 
しかし、これを忘れた時、非常に危険だと思う。
 
例えば、組織の構成員をとことん心理的に追い詰めた時、
 
「組織が存続しなければ、自分の家族を養えない、自分も生きられない」
「組織の発展の為なら家族を犠牲にするのもやむを得ない」
「組織のためなら、自分が犠牲になっても構わないくらいの覚悟を持て」
「自分の命を削ってでも、組織のために貢献するべし」
「自分の命を削って真剣に働いているんだから、甘えたことを言っている業者や、若手社員には、厳しい事を言って当然だ」
 
・・・環境が悪化した時、このような心理状態に陥る事が起こり得るのが目に見えている。
 
現実問題、そんな話は、日本企業では山ほど聞くが、特に、稲盛さんの経営哲学を信じるK社は、その典型例。
 
確かに、JAL(日本航空)は、あまりにも、だらけ過ぎたんだろうと思う。ショック療法的に、稲盛さんの経営哲学を導入し、それが機能し、JALが復活したことは喜ぶべきことだと思うし、その事に関しての、稲盛さんの多大なる貢献は、高く評価されるべきだと思う。
 
だがしかし、PASSIONという考え方だけを日本人が信じ込むのは、第二次大戦の反省を考えると、非常に危険だと思う。多分、本能的にみんなそれに気付いているので、これだけ巷での稲盛さんに対しての抵抗感を示しているんだろう。
 
PASSIONという経営哲学自体は決して悪くない。
 
要するに、『慈悲の瞑想』という形で、ブッダが現代に伝えてくれている、人が幸せに生きるために優先すべき順位を、きちんと日本人の大勢の人が腹に落とすことが大事だと思う。
 
一番大切なのは、『私』
自分の幸せを犠牲にして、自分の親しい人(家族・友人・同僚)を幸せにする事はできない。
 
二番目に大切なのは『私の親しい人』
組織(会社)の発展のため、自分の家族の犠牲を(直接・間接を問わず)強要するような組織は、社会的責任を果たしていない。
 
その上で、『生きとし生けるもの』の幸せのために、自分ができる行動をしなさい、とブッダは現代を生きる私たちに、生き方を伝えてくれているんだと思う。
 
テーラワーダ仏教協会さんの、『慈悲の瞑想』
 
もちろん、今は全般的に、日本人はだらけ過ぎ、甘えすぎている。それは認めざるを得ない。
生活保護問題、新型うつ病など、一部かもしれないが、他の人に甘える人が増え過ぎれば、日本は、真面目に働く人がアホらしく感じる国になってしまう。そうなれば、国はさらに沈没する。
 
だが、第二次大戦末期のような悲劇を繰り返さないために、我々大人たちは自ら厳しさを身につけ、厳しさを若者達に上手に伝えて行くのと並行して、皆が、慈悲の瞑想の考え方も、腹に落とし込む必要があると、私は強く思っている。
 
信仰する宗教・宗派関係なく、慈悲の瞑想の内容に対して、「それは間違っている」と文句を言う人は、いないと思う。

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