2016年11月29日火曜日

(330) 『よむ』と『うたう』

2013/8/2加筆
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朝起きた時、はっと気づいた。
 
「よむ」という日本語と、「うたう」という日本語がある。
 
「よむ」って、普通使う時は「読む」のケースなので、英語だと"Read"が多い。
 
しかし、「詠む」は、詩・和歌を詠む、という使われ方をするので明らかなとおり、英語の"Read"ではなく、むしろ"Create"(創造する)的な意味が強い。
 
それぞれの語源を調べてみて、合点がいった。
 
よむ
より引用。
『文字で書かれたものを一字一字声に出して言う』
 
うたう
より引用。
『音楽的な高低・調子などをつけて発声する』
 
あくまで仮説だが、漢字が日本に輸入される前、及び輸入された後も、ごく一部の知識階層以外は漢字を覚えなかった時代(おそらく、寺子屋が作られた江戸時代末期19世紀半ばまでの間まで)、日本人のご先祖様達は、
「よむ」という言葉を使う時、Readという概念と、Createという概念とを、使い分けていなかったんじゃないだろうか?
 
同様に、「うたう」という言葉も、結構いろんな意味に使われ、Sing、Celebrate(謳う)、warble(鳥がさえずる)などを、全てひっくるめた概念として使っていたのかもしれない。
 
言葉というのは、いろいろな地域に住む人間や、いろんな事を人間が経験し、それぞれが多様な経験を積む事で分化していく方向に進む。(言語や単語の数は増えていく。『バベルの塔』の話のように)
 
しかし、これは様々な意味・趣旨を明確に使い分けられるという長所がある一方で、逆に一つの言葉でいろんな意味を兼ねていた時の方が、解釈に幅があり、深みが出せるという面がある。
 
百人一首の『かけ言葉』とか、いろは歌(仮名手本)の『咎(トガ)なくて死す』の暗号が典型例だが、昔の日本人は、あまり長い言葉を使わず、短い文章の中に意味を凝縮させることに、美意識みたいなものを感じていたんだろうなあ・・・
 
間違いなく、これは我々今を生きる日本人が受け継いでいかねばならない極めて素晴らしい文化なんだが、はて、これを海外にどうやって伝えるか、という具体論を考えるとなると、結構難しいかも。

しかし一方で、この日本の素晴らしさのイメージが、i-Phoneとかi-Padとかの、デザインのシンプルさみたいなものに繋がる。
 
日本の強みはシンプルさの中に意味を凝縮させることだったはずなのに、なぜか家電や携帯の世界は、値段は安くなるのに、マニュアルや機能はどんどん複雑化していく傾向がある。そして、実際、(日本だけでなく世界の)消費者はシンプルなものに魅力を感じ、実際、私もiPhoneとiPadを愛用するようになってしまった。携帯は10年以上Docomoだったが、ついにiPhoneの誘惑に負けて、乗り換えてしまった。ガラケーや、一部のスマホは、(消費者目線で見た時)複雑化、多様化し過ぎてしまったのかも。
 
実は日本のお家芸だった、とっても重要な事を、いつの間にか海外の鋭い人達に真似されてしまっていたのかも。

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