ブロゴス経由で知ったんだが、木村正人さんという方のブログが物凄い勢いで炎上しそうだ。
(BLOGOSの問題の記事)
文章を読んだ感じだが、この木村さんという方は、ロンドン在住で、考え方が完全にイギリス/アングロ・サクソン的な個人主義を持っておられる感じがする。文章が英語なら、日本人は「やっぱ外国人は違うんだな、考え方が・・・」と、多様性を認められるんだが、日本人で、文章が日本語で、しかも『海外ではこれが当たり前なのに、遅れている日本は・・・』的な書き方をされると、激しい憤りを感じるんだと思う。
日本人は、集団主義。
イギリス・アメリカは、個人主義。
感覚的には、中国も個人主義が強い。
フランスは、中間からやや個人主義寄り。
ドイツは、中間か、もしかするとやや集団主義寄り。
韓国は集団主義が根強いが、個人主義を受け入れざるを得ない環境でジレンマを感じている、みたいなイメージを持っている。
それぞれの国で文化が違うのだから、報道の仕方、妥当なジャーナリズムがそれぞれの国で違うのが当然。
その状況下で、『どちらのやり方が正しいか』という議論をしたって、不毛な怒りがお互いに生まれるだけだと思う。
時間をかければお互いにその事に気付けるはずなんだが、慌てて意見を言い合い、自分の価値観をお互いに押し付け合えば、怒りの気持ちのぶつけ合いになる。誰も得しない。
それが一番ひどい形になったのが、キリスト教とイスラム教の、元をたどれば一つだった価値観のぶつかり合いであり、それによって悲劇が起こり、中東で憎しみの連鎖が生まれ、テロリストが生まれ、それがアルジェリアで悲惨な形で罪のない人を殺し、日本人10名が犠牲になった。
その報道の在り方を巡って、価値観の押し付け合いをするのは絶対に間違っている。
話をしない、情報を見ない、自分とは違う考え方をする人の意見をいったんシャットダウンする、そういうクールダウンする時期も必要だと思う。
しかし、それにしても、ネットワークが発達し過ぎているので、情報が簡単に手に入り過ぎる。短期的には激しい心理的ストレスがかかるが、マクロかつ中長期的に見れば、多様性が急速な勢いで画一化する方向に進みつつ、人間や文化にはそう簡単には画一化できない、多様性がある事に大勢の人が気付いていけるんだろう。
漢字仮名交じり文という、世界でも例を見ない効率的なやりとりができる日本人同士のこういう激しいぶつかり合いは、長い時間が経った後、何らかの形で日本人に蓄積される知識と言う形で、実る日が来るのかもしれない。
しかし、短期的には非常に苦しく、目も覆わんばかりの価値観のぶつかり合いだ。
それがいい事なのかどうか?
現時点では私には判断できない。
しかし少なくとも、暴力やいじめ、悪質な嫌がらせみたいな事だけは、起こらないで欲しいと心から願う。
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